Photographer Hiroshi Tsujitani vs Designer Makoto Koizumi
Column 2-002-J-04/09/2023
建築から箸置きまで生活にかかわるすべてのデザインを手がける家具デザイナーの小泉誠さん。1990年にKoizumi Studio設立以来、空間の撮影はナカサアンドパートナーズに依頼してきた。
緑のツタが絡まる外観が印象的な東京・国立市にある小泉さんのアトリエにお邪魔し、30年以上小泉さんの空間を撮り続けている辻谷宏を聞き手に、二人の出会いや関係性、これまでの撮影の現場を振り返ってもらった。
(取材・2023年5月)
文:植本絵美(フリーエディター)
取材写真:末吉さくら(株式会社ナカサアンドパートナーズ)
編集:大原信子(株式会社ナカサアンドパートナーズ)
1. 30年前の二人の出会い
Nacasa & Partners (以下N): 最初のお二人の出会いとお互いの印象について教えてください。
小泉:最初に辻谷さんと出会ったのは、僕が勤めていたインテリアデザイン事務所のジョイントセンターです。代表の原兆英が「ナカサアンドパートナーズに写真をお願いしてみよう」と言って、僕はその時アシスタントだったので、撮影現場に立会いに行ったんです。辻谷さんはどこの現場だったか覚えていますか?
辻谷:それがまったく覚えてなくて(笑)。
小泉:ですよね(笑)。当時ジョイントセンターはホテルやボーリング場、オフィスなどをデザインしていたので、そのどこかに辻谷さんがいたはずなんです。当時は二人ともまだ20代の駆け出しで、自分のことに無我夢中だったから、周りを見る余裕なんてなかったですものね。
辻谷:そうですね。今日は、なぜ小泉さんが学校を卒業後にジョイントセンターに入ったのかをお聞きしたいと思ってました。よく考えたら、聞いたことなかったんですよ。学校では建築家の中村好文さんに教わっていたと思いますが、なぜ中村さんの事務所に行かなかったんですか?
小泉:中村さんとは価値観はぴったりなんですが、アウトプットが違ったんです。当時は入りたいと思っていた事務所が3つあり、まず自宅から自転車で行ける事務所に面接に行ってみたら、たまたま入れちゃった(笑)。それがジョイントセンターだったわけです。
辻谷:なるほど(笑)。
2. 独立後最初の空間を撮影
N: 小泉さんは独立後すぐのお仕事で、辻谷に撮影をお願いされたんですよね?
小泉:ジョイントセンターで撮影をお願いして、やっぱりナカサアンドパートナーズの写真はすごいなと。構図で何となくごまかしたりするカメラマンもいるなかで、ナカサアンドパートナーズは正統派に撮りながらも、ぐっと心を掴むような写真を撮る。今まで見たことのないような奥行き感に驚いたことを覚えています。独立後にドキドキしなら仲佐さんに電話で撮影の相談をしたら、「わかった!」と言ってくれて。それで辻谷さんが来たんですよ。なぜ辻谷さんだったんでしょう?
辻谷:なんでだろう? 仲佐に聞いてみないと(笑)。当時はまだ仲佐と中道、僕の3人しかいなくて、僕が一番下でしたからね。小泉さんと歳が近かったのもあるんじゃないでしょうか。
小泉:最初に撮ってもらったのは、広尾のフォト&ギャラリー「90’S LABO」でしたね。
辻谷:この空間はカメラを構えると、きれいにフィルムのなかにまとまってくれるんです。インテリアデザイナーの三橋いくよさんの空間もそうでしたが、空間に撮らされているというか、そういう感覚でした。
小泉:それは嬉しいですね。写真に撮られることを意識しているわけではないけど、デザインするとき空間に絵を描くような感覚があるんです。それがあるからかな? 内田繁さん、元ボスの原兆英、野井成正さんなど、僕が尊敬するデザイナーはみんな空間に絵を描くようにつくる人たちなんです。ル・コルビュジエも実際に絵を描いていたから、どこを撮っても絵になるんですよ。振り返ってみても絵になるし、横を見ても絵になる。僕も設計するときは、狭い空間でも歩き回ったときに一歩一歩進んだ所でも、絵が成り立つようにデザインしています。
辻谷:撮りどころがいっぱいなので、時間が無限にあればずっと撮り続けちゃうかもしれないですね。
3. 住宅の設計を機にデザイン思想が変化
辻谷:小泉さんは割と手の届きそうな大きさの空間が多いと思いますが、それはなぜですか?
小泉:以前は大きな空間を依頼されたこともあったのですが、そのスケール感になると企業相手になってくるわけです。でも、僕はクライアントと膝を突き合わせてやっていくスタイル。企業相手だと間にいろんな人が入るから、僕のやりかたではあまり上手くいかなかったんです。だから今は、住宅や店舗など個人オーナーのものがほとんどです。
辻谷:確かに。小泉さんがデザインした空間の魅力は、僕自身も住みたくなる、ということだと思います。本当は小泉さんに自宅の設計を頼みたかったぐらいですから。事情があって実現できませんでしたが…。
小泉:僕自身、住宅を設計するようになってからデザインに対する考え方が変わったと思います。30歳中頃までは演出的なことをやっていた時もあったのですが、住宅を設計し、暮らしを中心に考えるようになると、そんなに演出がなくても十分空間を表現できることができるんだと気づいたんです。
4. デザイナーが想像もしないアングル
N:辻谷に撮ってもらった空間で特に印象に残っている写真はどれですか?
小泉:初期に撮ってもらったトッパンのショールームで、上から見下ろしたカットです。仲佐さんが「KISSA 神戸店」(設計:三橋いく代氏)を撮ったときのカットに少し似ていて、すごく好きな写真です。
辻谷:あの写真は仲佐も気に入ってました。ひと通り撮り終わって帰ろうとしたとき、ふと振り返ったらあのアングルが頭に浮かんだらしいんです。
小泉:空気感や距離感が、何となく似ていますよね。トッパン以降、空間はほとんど辻谷さんに撮ってもらってますよね。OZONEの「とっておきの扇子展」(1998年)の下から見上げたカットは、すごく良かった。
辻谷:扇子で隠されたような会場構成だったので、最初にこれがぱっと思い浮かんだんです。扇子が人の目線の高さにあったので、床に寝そべって撮ったら良さそうだなと。僕は最初に空間を見たときの印象で、素直に撮りやすいところから撮ります。昔からこねくり回すと、どんどんおかしくなっちゃって、結局は最初に浮かんだアングルに戻るんです。中道は逆で、じっくりと撮るタイプで、僕も昔はネチネチと撮ったりしてみたのですが、あんまり合ってなかったですよね。
小泉:いつ頃までネチネチ撮っていたんですか(笑)?辻谷さんの写真は素朴な人柄が表れているというか、いつも素直に撮ってくれているのがいいなと思っています。僕が想像もしてないアングルから撮ってくれて、それがいつも楽しみです。
5. フラットに話し合える関係性
N:撮影のときはどんな風に進めるのですか?
辻谷:デザイナーの方は忙しくなると撮影現場に来ることが減るのですが、小泉さんは撮影の最初から最後までずっと横にいるんですよ。
小泉:ちょっと嫌でした?(笑)僕としては、フラットに言い合える関係はありがたくて、一緒にかかわらせてもらってる感じがしています。でも僕だったら、デザインしてるときに話かけられたら「ちょっと!」となるんですけど、辻谷さんは撮影中に話しかけられても問題はないんでしょうか。
辻谷:僕の場合、話をしてるうちにだんだんと整理されて、明確になっていくんですよ。
小泉:ノイズにはならないんですか?
辻谷:ならないですね。カメラマンは、頭で考えていることと目で見ていることは別々に動かすことができますから。
小泉:互いの考えを話し合うなかで化学反応が起きることがありますよね。僕たちデザイナーにとって写真は残っていくものだから、非常に重要なんです。フラットに話し合えるうえ、任せられるカメラマンがいるのは本当にありがたいです。
辻谷:小物の位置など、小泉さんはレンズを覗かなくてもカメラの位置を見たら大体わかっているから、パッと移動させてくれますもんね。
小泉:最近はiPadがあるので、アングルをみんなで共有しやすいのも助かります。
6. 空間の“間”を撮る
N:小泉さんのシンプルな空間を撮影するのは難しいように思いますが、いかがですか?下手するとそっけない印象になってしまう気がするのですが…。
辻谷:難しいと思ったことはあまりないですよ。シンプルだけど、空間のそこからそこまでの“間”の距離感を写真にするというか…。
小泉:そうそう、それがナカサアンドパートナーズ流なのかもしれない。たとえば手前に何かをちょっと入れたり。僕のデザインした空間をそのまま撮ると、殺風景になっちゃう。それを“間”があると感じさせるように撮るのは、とても難しいんじゃないかと僕も思います。
辻谷:最近撮った写真で「丸徳家具店」(2016年)が気に入っているのですが、これも何もない空間ですよね(笑)。手前に手すりが入らないと、味気ない。手前に棚があって、窓ガラスに写り込んでいて、さらに窓の外には建物や道ゆく人が見える。遠景と中景と近景をうまくバランスよく混ぜ込んでいくと、シンプルな空間でも単調にならないんです。
小泉:それが、辻谷さんの写真から感じる奥行きなわけですね。
辻谷:なんで手前にわざわざ少し入れているのか。自分でもよくわかんないんですけど(笑)、でもその方が気持ちいいんですよ。
小泉:手前に何かが入るだけで、空間の関係が見えてくる。僕のものづくりは高さをそろえたり秩序やルールがあるんですけど、コンセプトのまま撮ると、単調でつまらない写真になるんじゃないかな。コンセプトとは少し違う立ち位置から撮るから、こんな奥行きのある写真になるんだと思います。
N:今後、お二人で挑戦してみたいことはありますか?
辻谷:同じ空間を定期的に撮っていくのはやってみたいですね。
小泉:それはいいですね。たとえば「つぶ庵/舎庫」(2018年)とか。時間を経て変わっていくもの、深まるものがありますよね。あと、やっぱり撮影は僕やクライアントにとって非常に重要なイベントなんです。現場でクライアントも含めて仲間になれる感覚がうれしし、これからもみんなで一緒に楽しんでいきたいですね。
辻谷:今日は懐かしい写真を一緒に見ながら楽しめました。本日はありがとうございました。
小泉 誠
Makoto Koizumi
1960年東京生まれ。木工技術を習得した後、デザイナーの原兆英と原成光に師事。1990年Koizumi Studio設立。2003年にデザインを伝える場として「こいずみ道具店」を開設。建築から箸置きまで生活に関わる全てのデザインを手がけ、現在は日本全国のものづくりの現場を駆け回り地域との恊働を続けている。2015年には「一般社団法人わざわ座」を立ち上げ、手仕事の復権を目指す活動を開始。武蔵野美術大学名誉教授、多摩美術大学客員教授。2012年毎日デザイン賞受賞。2015年日本クラフト展大賞。2018年JIDデザインアワード大賞。
辻谷 宏
Hiroshi Tsujitani
1959年東京生まれ。1982年東京写真専門学校卒。同年出版写真部でのアルバイト勤務を経て、仲佐写真事務所に入所し、以来ナカサアンドパートナーズに在籍。同社取締役。
文:植本絵美(フリーエディター)
取材写真:末吉さくら(株式会社ナカサアンドパートナーズ)
編集:大原信子(株式会社ナカサアンドパートナーズ)