Designer Interview - KHA
Column 2-001-J- 14/03/2023
ケリー・ヒル(Kerry Hill)氏がシンガポールに設立した国際的な設計事務所 KHAは、アマンリゾーツやザ・リッツ・カールトンなど、世界のハイエンドなクライアントとの仕事で知られる。Nacasa & Partnersは2010年以降、彼らの手掛けたホテルなどを撮影してきた。
ここでは、KHAシンガポール事務所の3名のディレクターのうちの一人として、数多くの世界的なプロジェクトを統括するタヌジ・ゴエンカ(Tanuj Goenka)氏にインタビューし、写真に対する思いや、KHAが大切にするデザインの考え方について、「アマン京都」などの実例をもとに話を聞いた。
(取材・2022年12月)
文:山倉礼士(IDREIT)
写真:大谷宗平(株式会社ナカサアンドパートナーズ)
編集:大原信子(株式会社ナカサアンドパートナーズ)
1. 環境にも配慮したモルディブの「ザ・リッツ・カールトン」
Nacasa & Partnrs (以下N): まず、2022年に撮影したモルディブの「ザ・リッツ・カールトン ファリアイランド」について聞かせてください。息を飲む美しい海上のリゾートですね!
Tanuj Goenka(以下T): このプロジェクトは、北マーレ環礁のファリアイランドの一部となるマアファルフラグーンの東端にある三つの緑豊かな島と、四つめとなる“水上”の島からなるものです。サンゴ礁のある既存の砂州の上に計画された新しい島々のシンプルな形は、それが海洋学的な条件から導かれたことと人工物であることを示しています。
N: そこに立つ建築はどのように考えたのでしょう?
T: 私たちは、朝日と夕日の美しい眺望を最大限に生かすために、南北軸に沿って全体を計画しました。島の東側ではインド洋からの波や風に耐えるように岩の擁壁を設け、風下となる反対側には静かなラグーンのある遠浅のビーチが広がります。1ベッドルームタイプのヴィラの円形のフォルムは、手付かずの自然へのビューとプライバシーを両立する配置を可能にし、かつ、曲線を描くマスタープランを妨げないようにデザインされています。また、ヴィラについては、各ボリュームの間に水と風が流れ、そこに風景が生まれるように大きさを最小限に抑えています。
N: 環境配慮にも注力したそうですね。
T: はい。今回の開発では、サンゴ礁の生態系への影響を最小に抑えることが重要な課題でした。そこで私たちは、壁と屋根にはCLT(クロスラミネイテッドティンバー)を、柱には集成材を使い、精度の高い工場によるプレファブ工法を採用しました。その結果、現場作業を減らし、工事中の廃棄物を減らすことができました。また、パブリックエリアの大部分は自然換気として、エアコンが必要な箇所には高性能の窓システムを使用。さらに、太陽光発電の導入とメンテナンス頻度の低い仕上げやCLTなどサスティナブルな素材の使用により、この建築のCO2排出量を抑えています。そして、島内に生い茂る植物は、モルディブ内での開発から救い出したネイティブの植生で構成し、廃棄物を減らすためにリサイクルした中水道とコンポストの肥料で世話しているんですよ。
N: このホテルでの滞在は最高の時間でした。モルディブの写真で、お気に入りのものはありますか?
T: 私が感銘を受けたのは、海の風景が映っている一連の写真です。早朝や午後の遅い時間でそれぞれ光の質が違うのですが、どれも素晴らしい写真でしたね。
N: ありがとうございます! KHAでは、撮影依頼時に具体的なイメージなどはお持ちなのでしょうか。フォトグラファーとのやりとりで、普段から気を付けていることなどがあれば教えてください。
T: まず、撮影を依頼する時には、できるだけ少ない情報を伝えるようにしています。なぜなら、フォトグラファー自身の目を通して、撮影対象を見て欲しいし、他者の目から建築がどう見えるかを私たちも見てみたいからです。私たちは、設計時に敷地や場所のコンテクストを重視すると言いましたが、場所に対してどうあるかという視点は、写真を撮る際にも大切なことだと思います。また、フォトグラファーというのは一人ひとりがアーティストなので、情報を与え過ぎずに撮影対象と向き合ってもらうほうが、より良い結果になると思っているんですよ。
2. 「アマン京都」でのタイムレスなデザイン
N: 続いて、日本で手掛けた、アマンリゾーツのプロジェクトについても聞かせてください。東京、京都、伊勢志摩の施設を手掛けていますね。これら三つ中で、特に印象深いプロジェクトはありますか?
T: 一つだけ挙げるならば、アマン京都ですね。プロジェクトが始まったのは24年ほど前のことで、KHAが手掛けた中でも、最も時間を掛けたプロジェクトじゃないかな。まずはケリーが敷地を訪れ、私はまだ若手だった頃、22年ほど前に京都に行きました。その後、数年間を費やしてデザインをしましたが、景気の変動で二度、三度とプロジェクトが止まってしまいました。
N: そんなに前から手掛けていたとは知りませんでした。
T: そして、20年以上前に始まったものが、4、5年前にリスタートしました。その際に、ケリーは20年前のデザインが、現代でも適切なものかどうかを自らに問いかけていました。ケリーは現地から答えを得ようとして、数日を京都で過ごした後、かつての私たちのデザインが今もベストな解決策で、あの地につくるべきものだと確信して、開業に向けてプロジェクトを進めたのです。こうした、トレンドに左右されず、時を経ても価値の変わらないタイムレスなデザインを、私たちは常に手掛けていきたいと思っています。
3. フォトグラファーに求めていること
N: KHAとナカサ&パートナーズは、2010年に東京の「TOTOギャラリー・間」で展示の撮影をして以来の関係ですね。
T: はい、長い間Nacasa & Partnersの写真を見てきました。私たちは、光、風、といった自然現象やランドスケープに対して、建築、インテリアがどうあるべきか、また、エンドユーザーがその空間をどう体験するかを考えながらデザインをします。そして、Nacasa & Partnersは、人が現地で感じるすべてのものを、写真を通して表現してくれる。人の感覚に即したヒューマンスケールの写真とでも言えば良いでしょうか。だから、訪れることができない人にも、その場でしか得られない感覚を伝えられるのだと思います。
N: 書籍「KHA: Kerry Hill Architects Works and Projects」のために「アマン東京」のロビーを見上げた写真を撮らせていただきましたね。
T: はい。これは、ゲストが「アマン東京」を訪れて、ソファに座って見上げた時に、まさに体験するシーンです。このドラマチックでこの空間らしさを切り取ってくれた写真には、私たちもとても満足しています。
N: Nacasa & Partnersの写真について、どんな印象をお持ちですか?
T: このホテルの写真では、ディテールや質感が感じられることも素敵ですね。例えば、日本庭園には一つの場所で10分、20分と見ているとようやく気づくようなディテールがあるでしょう。彼らが撮影した写真には、そんなディテールが写っている。私たちが写真に求めるのは、例えば、建築の表面に影がどう落ちるか、異なる時間帯で光がどんなふうに見えるか、といったことです。そして、目に見えるものだけではなく、匂いや音のようにゲストが五感で感じ取るニュアンスを、写真を見る人にも体験してほしいと思っているんです。Nacasa & Partnersは、そうしたニュアンスまでを含めて撮影してくれるので、写真を見る人は、さまざまな体験を想像できるのだと思います。
4. KHAの思想
N: ここからは、現在の事務所の体制や、デザインフィロソフィーについて聞かせてください。
T: 世界各地のプロジェクトを手掛けるシンガポール事務所には私を含めて3人のディレクターがおり、オーストラリア内の物件を担当するオーストラリア事務所には2人のディレクターがいます。現在、シンガポール事務所には約40人のスタッフがいるのですが、それ以上規模を大きくしないように努めてきたし、今後も拡大はしないつもりです。この規模を保つことで、デザインの質をコントロールし、また同時にプロジェクトを適切に進めていく十分な時間を確保したいと考えています。
N: あえて拡大しないようにしていたのですね。
T: はい。私たちは、常に地域に根付くカルチャーを理解し、それに対するレスポンスとしてのデザインを心掛けていますが、そのためには、じっくりと時間を掛けてその文化に触れなければいけません。かつて撮影してもらった上海郊外の「アマンヤンユン」は、そんな私たちの姿勢をよく表していると思います。上海から600kmほど離れたクライアントの故郷は、ダム建設のために村全体が水底に沈む予定でした。そこで彼は、約50棟の明王朝と清王朝時代の住居と樟(くすのき)の森を残すため、住居は解体して樹木とともに上海に運び、その後、建築家を探し始めました。私たちが、そんな彼と出会ったのは12、3年前のことで、いまだに彼らのためにデザインをしています。私たちは村を訪れ、人々の暮らしを学び、歴史家の助言を得ながら上海にそれを再構築しようと実現したのが「アマンヤンユン」です。まさに一生に一度しかないようなプロジェクトですが、私はよくチームメンバーに、どんなプロジェクトも一生に一度きりのかけがえのないものだと話しているんですよ。
N: そんな背景があったとは知りませんでした。ブータンの「アマンコラ」では、職人を育てるところまでやったと聞きましたが、本当ですか?
T: はい。ブータンの伝統工法では、柔らかい土壁に漆喰を塗るのですが、実際に現地で働く人たちにより耐候性の高い土壁の技術をオーストラリアで学んでもらった後に、現地で工事をしてもらいました。その方法はとてもうまく機能し、いま彼らはその技術を生かして施工の仕事をしています。
N: それは素晴らしいですね。そこに暮らす人々の営みや、時間を大切にする考え方は、ぜひ、日本の設計者たちにも伝えたいものです。
5. サウジアラビアの世界遺産でもアマンが進行中
N: 最後に、いま進行中のプロジェクトについて教えてください。
T: 仕事をするエリアは昨今広がっており、最近は、LAのビバリーヒルズやギリシャで大型プロジェクトが始まったところです。他には、中国でも案件が動いています。また、サウジアラビアではユネスコの世界遺産に登録されたヘグラでアマンのホテルが進行中です。
N: どれも楽しみです! 日本で進行中の計画はあるのでしょうか?
T:「アマン京都」を終えてから、いくつかの可能性について話はありましたが、動き出したものはまだありません。また、日本で新しいプロジェクトに携れたらいいですね。
N: 期待しています。ケリーさんは日本通で、数十回と日本を訪れたそうですが、日本の影響も受けていたのでしょうか?
T: KHAが日本で仕事をしたのは、彼のキャリアの後半ですが、ケリーは私が生まれる前から日本を訪れていたし、一緒に行ったこともありました。彼は、日本建築の几帳面さ、そして、過剰でも過少でもないデザインには学ぶこと多くあると言っていました。ケリーは、日本の建物のあり方や建築の歴史から、間違いなくインスピレーションを得てきました。また、日本のみならず、親しい友人だったジェフリー・バワの仕事や、アジアの美意識から大きな影響を受けています。シンプルさ、背景やコンテクストに配慮したデザイン、そして、内外の関係性といった部分では、ケリーの仕事とアジアの建築との共通点が多くありますよね。私にとっては「アマン京都」のオープニングが最後の訪問だったのですが、日本には訪れたい場所がまだたくさんあるので、早く再訪したいなと願っています。
N: ぜひ、東京にも遊びにきてくださいね。本日はありがとうございました。
文:山倉礼士(IDREIT)
写真:大谷宗平(株式会社ナカサアンドパートナーズ)
編集:大原信子(株式会社ナカサアンドパートナーズ)