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Hi ShangHi! Day2
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Interview
Shanghai, from a designer and trader's perspective
デザイナー、トレーダーの視点から見た上海

雑誌や新聞を広げると「上海はビジネスチャンスに満ちている」「上海は熱い!」と言う見出しが飛び込んでくる。けどいったい何が「チャンス」で「熱い」のだろう? 上海と日本の才能をつなぐ2人が、上海での経験、上海にかける思いを仲佐に語った。

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佐藤一郎(さとう いちろう)
株式会社エイジ 代表取締役。1962年東京都生まれ。84年から96年まで株式会社スーパーポテトに勤務。96年に有限会社エイジを設立。飲食店を中心とした商業デザインを手広く手がけている。2004年に株式会社に改組。05年3月に上海事務所を開設。

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堀雄一朗(ほり ゆういちろう)
FUSION TRADING CO., LTD 代表CEO。1973年愛知県生まれ。大学卒業後、丸紅株式会社に入社し99年に上海駐在員として上海へ赴任。2002年に丸紅を退社し、2002年12月、富典国際貿易有限公司(FUSION INTERNATIONAL TRADING CO., LTD)を設立。


 

WHY---「なぜ」上海だったのか?

photo仲佐:僕は2年前、名古屋の居酒屋なんですよ。その時お店に佐藤さん、(ノバレーゼの)浅田さん、(ラダックデザインアソシエイツ)の垂見さんがいて。それで異口同音で「上海、上海」って言っているわけですよ。それでスタッフを行かせてみたら話が進んで、上海での写真集出版まできちゃった。

佐藤:僕はやっぱり「火鍋」じゃないですか?(笑)

仲佐:やっぱり「火鍋」ですか?(笑)

佐藤:やっぱり「火鍋」。(笑)けど、日本は過去も知っているせいか、先がある程度見えるわけですよ。未来もこんな感じかな、と。それが上海の場合、想像がつかない。過去も未来も無くて、「今」しかないみたいな感じ? 次から次へと新たなモノが現れて、この瞬間が大事っていう。

堀:僕は商社時代に上海勤務の辞令が出たのがきっかけ。商社マンとしての3年半、特に1998年から99年の上海は激動の時代でした。高度経済成長のまっただ中で、その間に北京オリンピックの開催も決まった。その時、自分の人生で高度経済成長の中で生活をすることが、今後二度と無いだろうなと思ったんです。景気が良いというのはこういう事なんだろうな、というのをフルに体感したんです。そんな中2002年に突然、本社への帰任辞令が出たのです。その頃はもう少しこっちで仕事をやってみたかったので、退社して02年12月に今の会社を立ち上げました。

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NOW---「今」の上海とは?

photo仲佐:これだけの質量がある街、上海は世界一だよね。

佐藤:こんな人口が2千万人もいる都市ってどこにもないですから。それこそ人が多いって言うのは、良し悪しを判断する上で良いですよね。だからこそ今後勝ち組と負け組がはっきりしてくる気もしますが。

堀:開発や進化のスピードも目まぐるしいですよ。これまで誰も車を持っていなかったのが、この1年で急激に増えましたから。前年比で500倍の販売量なんてありえないですよね。おまけに地下鉄も掘りまくってます。

佐藤:今作っている地下鉄が全て完成すると400キロ以上になるんです。東京の地下鉄は複雑とは言えども300キロ程度ですよ!

堀:今空港から市街地までリニアモーターカーが通っていますが、今の終着点が万博会場となる場所です。今後は上海南駅を通って、杭州までを30分で結ぶらしいです。今なら車で2時間かかる距離ですよ。そんな遠方までを通勤圏にし、上海の経済圏に取り込んでしまう。

佐藤:本当にこの街はやることがダイナミックだよね。

仲佐:政治が後を追っている感じだ。

堀:明日に向かって、前向きに歩いているって感じですね。だからみんなすごくタフ。世界一の人口を抱えるこの国で、最近問題となっているのが労働力不足。労働力が必要となると田舎から民族大移動のごとく人が移動するんです。北京で人の募集があると分かれば、北京にダーッと行ってしまう。その動きの流れで上海にも人が集まってきてます。しかもここは情報もあるので単純な労働だけではなく、ひょっとしたらビジネスチャンスもあるかもしれない。上海ならチャンスがつかめるかもしれない、という期待を抱いて人が集まるわけです。

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PEOPLE---上海の「人々」とは?

photo佐藤:上海で何度か仕事をしていますが、特に中国人だからこうしようっていうのはないですね。けど、彼らは最初に言いたい事は全部言います。

堀:美容院で働いている人が言うには、中国人は「こういう風にしてほしい」ってちゃんと言ってくれると。「これ嫌だからこうして」とか、「これできる?」って。だから出来る限りその場で調整ができるし、気に入ればまた次に来てくれる。けど日本人は「何か嫌だな」と思ってもそのことを言わないし、次から来なくなる。だからすごく難しいって。

あと、中国人は自己に対するアイデンティティが強い。お金を持っている人は金額に糸目をつけないかわりに、「他に無いような最高のものを作れ」という依頼をします。ビルにしても頭に冠を付けちゃうとか。自分を主張するビル多いですよね。それが集合体になって、香港の夜景ができちった。

仲佐:中華思想って言っていたけれどやっぱり、この国は自分が中心なんだね。

堀:やっぱり民族に対する誇りを持っていますね。

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ESTABLISHMENT---共同プロジェクト「まいどおおきに食堂・上海店」「設立」の背景

photo佐藤:行き当たりばったりでしたね。元々は2年前から家具作りとか、建材を探しに上海へ来ていました。頼んで作ってもらった家具をチェックしたりしていたんですが、後にこっちで設計もやりたくなって。いろんなお店に行くとサービスが足りないなと思うようにもなり、だったら店をやるべきだな、という結論になったわけです。それで偶然(まいどおおきに食堂を運営するフジオフードシステム代表取締役の)藤尾さんに「上海で店をやりませんか?」ってお願いするチャンスがあり、藤尾さん、堀さん、僕を軸に「まいどおおきに食堂・上海店」プロジェクトが始動したわけです。

堀:90年代の中国は、安いものをたくさん作って、外貨を稼いで大きくなろうという政策だったんです。それが2003年から胡錦濤政権になり、大きく変わりましたね。国内でどんどんお金を使ってみんな豊かになりましょうという政策でした。その結果、内需が大きくなって、徐々に外国企業も飲食店や小売店を開店しやすくなっていった。急激にブティックや飲食店が増えて、上海が盛り上がったんです。当然そのようなお店が増えればお客さんも来てお金を使うようになり、経済も上向き所得も良くなる。このように今はポシティブなスパイラルになってきているわけです。「まいどおきに食堂」は、大衆層をターゲットにしています。いいものを安く食べてもらう。今の時代の上海に最も合っている業態なのです。

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3 MONTHS---「3ヶ月」でできますか?

photo堀: 実はプロジェクトが始動した時、現地法人をまだ設立していなかったんですよ。けど先に物件を決めて、契約をしちゃいました。まだ会社もないし、合弁契約もないし、もちろんスタッフもいない状況でですよ。普通は法人を設立してから、マーケティングをして、ターゲットを決めて、予算決めて、最終的に条件に合った物件を探していくじゃないですか。通常のビジネスの進め方を逸脱したプロセスだったのですが、上海ではスピードが命。それでもたった3ヶ月で開店にこぎ着けました。

佐藤:物件は早く確保しないといけなかったからね。優良物件は早くとられちゃう。上海では日中に見た物件が夕方行ったら契約済みというのは、しょっちゅうです。こうなったらせっかく良い物件が見つかったので、決めちゃってからいろいろ考えようと。そこでたまたま、大阪の「森町食堂」というフジオフードシステムの本丸店に、上海出身のトウさんという店長がいたんです。契約後、「誰が上海店の店長になるんだ?」 となったときに、そういえばトウさんがいたわ、と。

堀:本人も訳もわからずとりあえず連れてこられちゃって。(笑い)

佐藤:トウさんが「そろそろ日本に帰りたい」って言いだす頃合いを見て、藤尾さんに来てもらうんです。それで僕らが「今トウさんに帰られると困ります」って言うと、社長が鶴の声で一言、「じゃあトウ君、残っていてよ」と。(笑い)結局、今も上海店の店長のままです。

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CONSTRUCTION---中国的興味深「施工」

photo佐藤:上海店の一件目は日本の店舗をそのまま持ってこようということだったので、上海用にデザインを変えていません。けど、施工のプロセスの差がありましたね。面白かったですよ! 実は床のレベルが取れないんですよ。なぜかというと、建築が歪んでるからで……。板はぴしっと張ってあるんだけど、モルタルでならすという考えはこっちにはまだ無い。だから大胆な解決方法として、一回大理石を張ってレベルをとった後、その上にフローリングをしくんです。大理石そのままでいいんじゃないか、と思うんですが、みんな問題ない、問題ないって。(笑い)そのダイナミックさがすごい。

仲佐:大理石使って、採算合うのかねぇ?(笑い)

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UNEXPECTATION--- お店を始めてからの「想定外」

photo堀:上海日本人学校の近くにお店を開けたのですが、もちろん当初は日本人をターゲットにしていました。開店当初のマーケティングなんてそんなもんでしたね。

佐藤:今年6月にオープンしましたが、すぐに夏が来て日本人学校が夏休みに入っちゃったんですよ。家族は当然日本に帰っちゃって、何千人という日本人がエリアから消えてしまった。実は夏休みという要素は全く計算に入ってなかったんですよ。「あれ? あてにしていたのに、ヤバいんじゃない」と。(笑い)そんな想定外なイベントがあったのですが、不思議なことに売り上げが伸びたんですよ。たくさんの地元の方が来店してくれました。

堀:台湾、香港、韓国、シンガポールとか。アメリカ人。欧米人も来たね。

佐藤:今の客層はすごく良いバランスですよ。ちなみに一番売れているのはご飯。日本から釜を持ってきた自信作です。

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FUTURE---「今後」にかける、上海への思い

photo堀:まいどおおきに食堂」は現在2店目、3店目計画中です。楽しみですね!

今後この地で将来的にやりたいことですが、それは不動産開発なんです。上海ってビジネス街じゃないですか。がちゃがちゃしたマーケットなので、癒しや休みの空間が不足している気がするんです。そんな状況の中今年、上海市街地から車で1時間行ったところに人工ビーチができたんです。実は上海近郊には揚子江から土砂が流れている影響で、これまで海水浴場が無かった。この海水浴場は防波堤を作り、土砂を区切って水を浄化した完全人工ビーチ。夏場はここに、1日3万人来て大盛況でした。真っ白なビーチに、海。やっぱり、人って自然に飢えているんだなと感じましたね。そんな環境をもっと気軽に、市街地できないかなと。ゆっくり休めて、ちょっとした温泉とかに入れて。その後ちょっと食べれるお寿司屋さんがあったり、ゆっくり飲めるラウンジがあったり。そのまま宿泊できる施設があってもいいですよね。このような施設が上海に意外にありそうでないんですよ。そんな都市だからこそ、なにか一つこんな良いものが作れたらいいなと思ってます。

佐藤:自分も欲しいものを作る。やっぱり一番の動機はそこですよ。そこにないから、自分が行きたいから。温泉もそうでしょうね。でもそのためには、ちょっとずつこの地で力をつけていかないとね。最近は上海に月1回は来ているんだけど、蟹の食べ方も何度も繰り返している内にすっかりうまくなっちゃって。地元のビジネスパートナーも、あまりのスピードと慣れにびっくりしていましたよ。(笑い)これも別の意味での上海の「経験値」ですね。

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撮影協力

楓雅 Fuga
address: Unit B. No.2967 North Bingjiang Avenue, Lujiazui(W) Road, Pudong New Area, Shanghai, China
tel +86-21-5877-6187