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Hi ShangHi! Day1
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Hi ShangHi! Day 1
写真集から生まれた、新たな出会いと気づき

DAY 01 11/10/2006

16:10/少しフライングの「diage」の意味

写真出版パーティ会場の「diage」は1930年代に建てられた洋風邸宅をリノベーションした複合施設で、現在はレストラン、ギャラリー、ブティックが入居中。レトロな外観は、時間の流れが緩やかな昔の上海にタイムスリップした気分にさせてくれる。(10秒に一度は鳴るクラクションによって、すぐに活気に満ちた現在の上海に呼び戻されるのだけど。)

この建築プロジェクトの総合プロデュースと運営を行う企業は「対話する場所」というコンセプトを「diage」に掲げている。今回のパーティは中国人と日本人デザイナーが出会い、新たな「何か」を始めるための場。「デザイン」「クリエイティブ」という媒介物を通じた「対話」を行うにあたって、うってつけの会場なのだ。

パーティ運営スタッフが滞在したホテルから、会場までは徒歩10分。準備のために足早に会場へ向かう途中で、来海後、中国人との最初の「対話」があった。

「偽物バッグ、偽物時計買わない?」

ものの10分の間に20回は声をかけられただろうか。その都度、「いらないねー」、「No thanks.」と断りを入れるのだが、彼等も「安いよー」、「イチバン」といったセールストークで応酬する。上海は活気に漲っているとはいうが、その事実を到着早々体感。

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16:21/没問題!

写真受付開始まで1時間半もあるせいか、会場にはまだ落ち着いた空気が流れている。そんな中、スタッフは会場に納品されたできたての写真集をチェック。

この写真集はパーティの来場者全員に贈呈することになっている。一冊の写真集、そして今日のパーティでの出会いから新たなプロジェクトが生まれることを願ってのことだ。

机に山積みされた重さ約2キロの写真集は配付資料と共に渡される。が、これらを入れる手提げ袋がまだ到着していないことが判明。どうしよう……と悩むスタッフの隣りで、タバコをふかしながら仲佐が一言。

「裸で渡せばいいんじゃない」

無ければ無いで対応する。その機敏の良さ上海の原動力なのかもしれない。ちょうどその時、レストランスタッフの会話から「没問題!(大丈夫だよ!)」という声が聞こえた。そう、問題無い、のだ。どうにかなる、のだ。

16:45/声の通りと上海生活

写真徐々に日が落ち、街のネオンサインが目立ってきた。受付ではあわただしく準備が繰り広げられている。ネームタグの整理、ようやく届いた手提げ袋に資料を入れ込む作業、ゲストリストの確認……。パーティの総合プロデューサーの堀雄一朗氏のてきぱきとした指示が日本語、中国語で伝えられる。堀氏は上海で家具の製造と貿易を行う会社、FUSION TRADINGを2002年に設立。今回来海したデザイナーとも共同プロジェクトを行っている。

他の日本人スタッフの声が雑踏の中にかき消される中、上海に身を埋めた堀氏の声はよく通る。これぞ上海生活9年目の証し、貫禄か。

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17:29/椅子が足りない! 想定外のプレスの集まり

写真本日最初のイベントは17:30時開始の記者会見。日本から上海入りした記者と地元の記者を交えた、日中バイリンガルの会見となる。「diage」の一室をあてがった会見会場には、写真集に掲載されている23点(一点写真集に掲載されていない作品を含む)の作品パネルが、壁四面に敷き詰められている。

パーティ会場はまだ落ち着きを見せているが、その一角は約30人の記者でいっぱいに。一部の記者は立ちながら話を聞くことになったほどの、想定外の盛り上がりだ。

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17:35/記者会見 ナカサアンドパートナーズは中国語で?

写真記者会見はパーティの主催者である三社の代表によって行われる。進行をMEDiA MANBU代表の安永氏が担当し、通訳を堀氏、質疑応答の対応をナカサアンドパートナーズの仲佐が担当。まず仲佐による挨拶と本の簡単な紹介の後、質疑応答に移った。

−写真集について−

Q:写真集に掲載したデザイナー選定の基準とは?
A:若干のぶれはありますがデザイナーは基本的に40歳以下。エネルギーに満ちて仕事をたくさんこなしている人が基準です。

Q:コンセプトは?
A:今のクールジャパンを代表するような人を選びました。

中には仲佐をデザイナーと勘違いしている地元記者もおり、以下のような質問も飛び出した。

Q:仲佐さんはカメラマンと聞いていますが、元々は設計やデザインを手がけていたのでしょうか?
A:いいえ、最初からカメラを持っていました。かつてデザイナーになりたかったという気持ちはありました。

Q:日本人のデザインフィーは、他国と比べて高いのでしょうか?
A:私はデザイナーじゃないのでわかりません。(笑い)
安永:日本のデザイナーの方が少し高いかもしれません。最近は日本から多くのレストランや美容院が上海で展開をしており、その中の多くが日本人デザイナー使っています。

また、会社名を巡る興味深い質問も飛び出した。

Q:仲佐さんを弊誌で紹介する時は仲佐さんの個人名と会社、どちらで紹介した方がいいのでしょうか?
A:仲佐:会社名でお願いします。

Q:中国語(漢字)では何て言うのでしょうか?
A:あぁ、中国名ねぇ……。……そうですね、どこにも書いていないですか。考えなきゃまずいですねぇ。(笑い)うーん、教えてください!

そう、「Nacasa and Partners」という英語の正式社名はあるが、これを全て漢字で表現する社名はまだ作っていなかったのだ。

会見の最後には仲佐から現地の記者に向けて、日本人デザイナーを取材する際のアドバイス。

「インテリア空間はデザイナーが独断で作る物ではありません。必ずオーナーや使う人の考え方が反映してできるものです。そこにどのようなポイントを置いてデザインを作りあげていくか。また、非常に高い施工制度を持つ物をどのようにリクエストして実現していくか。そんな質問したらいいと思います。」

会見が終わったのは18:05時。会見場の外からは歓談の声が聞こえてきた。

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18:08/上海のミクロコズムがここに

写真日もどっぷりと暮れ、街は夜の顔へと移行した。その間にパーティ会場は日本語、英語、中国語の入り交じる空間へと変貌を遂げた。

会場には建物の前一面に広がる庭もあり、落ち着いて外の空気に触れながら会話を楽しむことができる。会見前、小雨がぱらついていたため庭エリアの使用が危ぶまれたが、もうすっかり止んでいた。来場者の熱気は低気圧も吹き飛ばす力をもっているらしい。

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18:30/デザイナーが見る上海の面白さ

写真今回上海を訪れたデザイナー達は、多忙な日々を送っている。これだけのデザイナーが一堂に集まるのは「同窓会」のようなもなのだ。旧友との再会を楽しむ輪の中に、ラダックデザインアソシエイツの垂見和彦氏がいた。上海に事務所を設立している日本人デザイナーの一人だ。

垂見氏は2年前に上海を始めて訪れた時のことをこう振り返る。

「始めて上海に入った日に『ここでいこう』と思った。この街にはそんな人を惹きつける力がありますね。」

2006年初めにオープンした黄浦江沿いに建つ鉄板焼き店「FUGA」を設計した。

「デザインプロセスは日本と中国、差はありませんでしたが、その場の持つ環境を大切にしました。街の発展がめまぐるしい上海では、周囲の環境の変化に耐えられるデザインが求められます。

上海の魅力についてはこう答えた。

「この街は背中をぽーんと押されるような、勢いに満ちた街ですね。上海は万博までが街としての一つの完成形と言われていますが、進化は万博以降も続いていくと思う。まるで生き物みたいです。」

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18:50/満員電車を知るホテルマネジャー

写真会場は人で埋め尽くされ、バーカウンターから飲み物を手に入れるのも困難な状況に。通勤ラッシュのような環境の中で声をかけた男性は、偶然にも日本の満員電車の過酷さを知っていた。The Westin Bund Center, Shanghaiのゼネラル・マネジャー、ピーター・アラトサス氏はかつて日本に滞在し、ウェスティン都ホテル京都と、シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテルを担当した。

上海に来て3年になるアラトサス氏は、上海の新陳代謝の激しさを日々肌で感じている。

「歴史と文化に満ちた魅力的な街が、文化革命以来手つかずのままだった。それがここ数年の間急激に開発され、多くの建物のリノベーションや再開発が必要になっている。そのためデザイナーや建築家の需要は非常に高いです。」

今回のパーティを機に、日本のデザイナーをウェスティン主導のプロジェクトで採用する予定はあるかと訊ねると、

「それはあるかもしれないね。そもそもそれがこのパーティの趣旨でもあるわけだし。新たな人と出会い、その人の存在を認知する。今日、この場がなければ君とも出会っていなかったんだから!」

ワインを飲みながら、笑顔で答えてくれた。

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19:05/ご挨拶+ピースな乾杯

写真自然と庭の方に人が流れていく。スピーチが始まった。始めに仲佐が今回のパーティ、そして出版までのいきさつを語った。その後、上海総領事の隈丸優次氏からお祝いの言葉をいただいた後、パーティの総合プロデューサー、堀氏のスピーチに。ハイライトは際コーポレーション代表取締役、中島武氏による乾杯の音頭。今回来海したデザイナーを壇上に招き、独特の中島節を披露。

仲佐さん、堀さん、そして本を作られた実川さんおめでとうございます。デザイナーの方々、壇上に上がってください。皆様、シャンパンをすぐに手をしてください。飲み物をすぐに手にしてください。その間僕は喋り続けなければいけないので。(笑い)

僕は日本人ですが、妻は中国人です。両親も上海にずっとおりまして、上海はとても好きな街です。素晴らしい街に素晴らしいデザイン。日本の人たち、それから中国、欧州、米国の人たち。みなさんがコラボレーションして、上海をもっと素晴らしい場にしていくことができると思います。

では、上海の街がもっともっと素敵になるように、そしてみなさんがもっともっと幸せに。そして世界が平和になるように。大きな声でナカサアンドパートナーズが世界のナカサになるように。もうなっていますが!(笑い)

みなさん、ピースで乾杯したいと思います。

「ピース!」

ピースのかけ声と同時に、外ではクラクションが鳴り響いた。まるで街が今回のパーティを祝福しているかのようだ。

通訳が入る間も無かった弾丸乾杯スピーチ。中島氏の熱意のこもったスピーチは訳がなくとも地元の方の心に響いたことだろう。

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19:40/日中合同プロジェクトのお披露目

写真先ほどスピーチの行われた壇上にはソファーが数点置いてある。さっきまで隈丸氏、中島氏、仲佐が座っていたものだ。これらのソファーは今回のパーティで初のお披露目となる、日中の力を凝縮したコラボレーション作品なのだ。

ソファーのデザインは垂見氏が手がけ、FUSION TRADINGが中国国内での製造を担当。そして東京に本社を置くてるコーポレーションが製造品質の管理を行った。

「今後は家具製作に限らず、物作りは中国が当たり前になる。そこに世界的にトップレベルの日本の技術を注入することにより、新たな『何か』が生まれるのではと思った。日中の技術の融合を試みています。」

てるコーポレーション代表取締役の矢野敏康氏は意気込む。今回のソファーはプロジェクト草案からわずか4ヶ月という急ピッチで作り上げた。日本から技術者が中国の工場に張り付き、現地の作業員の指導をした時期もあったという。

「中国でのモノ作りは『安いけどどうせ中国でしょ』という印象がつきものです。それを払拭したいですね。日本で通用する技術力の継承が大きな目標です。」

てるコーポレーション取締役の太田吉則宣氏は、中国での製造はデザイン性の優位性に繋がると言う。

「日本で物作りを行うとなるとコスト的な制約が存在します。中国に製造を委託すればコストが低下できる分、予算的にデザインの自由度は広がります。」

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20:15/中国人の見る日本のデザイン

写真写真集を片手に会話をする人々も現れた。その中でバーカウンターに写真集をおき、身振り手振りを交えて写真集について話す中国人を見かけた。現地のディベロッパー、王氏だ。

「日本人のデザインはディテールが素晴らしい。欧州とアジアの要素がうまく混在していて非常に興味深い。」

と写真集の感想を述べた。そしてこう続ける。

「日本人のデザイナーとは仕事をしたことはないが、その理由はルートがなかったから。今回のパーティでそのコネクションができたのが嬉しいです。今後はこのようなパーティをもっと頻繁に開催した方が良いと思いますよ。」

今後の王氏と日本人デザイナーとの展開に期待したい。

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20:30/デザイナーの所信表明

写真今回の写真集で紹介されたデザイナーの中には、初上海という人もいる。

写真集にはスケジュールの都合上作品が掲載されなかったが、記者会見室にパネルを展示したATTAの戸井田晃英氏は上海の感想をこう語る。

「上海を始め、これから海外への進出を目指しています。日本では規制などでできない表現が中国はできる可能性がある。海外でプロジェクトを手がけるのはデザイナー冥利につきます。」

プロペラインテグレイターズの川崎善広氏はこう見る。

「自分のデザインをプレゼンできる場所があれば、どんどん海外へ出て行きたいです。デザインはユニバーサルランゲージのようなもので、根本的な部分はどこの国にいってもなんとかなるのではないかと思っています。それに仲佐さんみたいな仕掛けをする人がいるから僕らも頑張ろうと思える。ぼーっとしていると叩かますからね。(笑い)」

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20:50/上海ドリーム

写真パーティは21:00時まで。二次会の場を求めて、徐々に人の動きに変化が訪れる。「やっぱ火鍋!」「上海蟹!」と言う声がちらほら聞こえるようになった。11月、上海蟹の絶好のシーズンなのだ。

今夜はこの場に多様な背景を持つ人々が集い、情報の交換が、視点の共有が行われた。

そんな上海に「今」集うこと。それをこう表現する人もいる。

「今は上海ドリームを追いかけて、世界中から多くの人が集まってきています。上海は街として東京ほどのコンテンツは無いけど、人の関係がすごく根深い。関係が無いと何もできない代わりに、関係があればなんでもできちゃうんです」

世界中を飛び回りアンティークの買い付けを行うTHE VINTAGE HOUSEの齋藤博和氏は笑顔で語った。

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21:23/上海的搬出。上海的夜

写真来場者のほとんどが次なる出会いの場を求めて、市街地へ消えていった。一瞬の静寂が会場に訪れたと思ったら、搬出が始まる。垂見氏がデザインした家具が業者の手により搬出されていくが、よく見ると緩衝材となるプチプチはソファーから外れて地面を引きずっている。少し荒っぽい運び方なのだ。

そんな光景を見た堀氏は、搬出トラックに駆け寄り積荷を確認。最後まで気が抜けない。

クラクションの音は相変わらず鳴り響き、エアーパッキンは引きずられていく。

常に人が動き、モノが動く場所。

ここは上海、こここそが上海なのだ。