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Vol.13仲佐猛、キーマンとともに(その6)

Interview
仲佐 猛(左)、 井上 章一(右)

国際日本文化研究センター教授 井上 章一

「世の視点、我々の視点」

世の物事に対して幅広く興味を持っている仲佐猛が「熱望」していた人物との出会いが、ついに実現した。30分あれば60の異なる話題がでてきてもおかしくない人物----。
建築のみならず、意匠論から風俗史・風俗評論など、幅広い分野の著作を持ち、ユニークな視点で広く日本文化を語る井上章一氏だ。

対談の場は静寂を包む京都・祗園の料亭。澄み切った空気を、「言葉」という切れの良い剣で切り裂く2人。対話の中身は期待を裏切らない多岐に渡るものでした。(2013年9月)

  • 協力:祗をん八咫
  • 文:柳澤大樹
  • 取材・編集:大原信子

井上 章一(いのうえ しょういち)
国際日本文化研究センター教授

1955年京都市生まれ。専門は建築史、文化史、風俗史。『つくられた桂離宮』『狂気と王権』『美人論』『南蛮幻想――ユリシーズ伝説と安土城』『名古屋と金シャチ』『伊勢神宮』など著書多数。

01.「撮影」と「ボーカルスクール」という接点

仲佐:僕は1980年代後半くらいからかな、井上さんの本『大東亜のポストモダン』を読んで「わ〜、なんてカッコイイ人なんだろう」と思ったわけですよ。ほんと一目惚れと言っても過言ではなくて、直感的に「この本を書いている方は面白い人に違いない!」と思ってしまいまして。(笑) その後、『日本に古代はあったのか』を読んだのですが、世を少しナナメ見する視点にハマってしまったわけです。

井上:いきなりの告白ですね。(笑) ありがとうございます。

仲佐:そんな経緯もあり、あの手この手を介して井上さんとお会いする機会を作りたいと思っていたのですが、10年程前のある日、京都で撮影をしていた時のこと。知人で京都在住の建築家 若林広幸(*1)さんの運転する車を見かけ、その助手席に井上さんが乗っていて、撮影する私の横をファーっと通り過ぎたんですよ。そのシーンが頭の中にずっと残っていて、「そうか、若林さんを介せば井上さんにつながるのか!」と。いつでも会えるだろうと思っていたのですが、還暦を過ぎて、やはり会いたい人には会っておかないとと、今回若林さんにご無理を言ってご紹介していただいた次第なのです。

井上:そうでしたか。それは光栄です。あまり大きな声では言えないことですが、実は私、若林さんと同じボーカルスクールに通っていたんですよ。車に乗っていたのは、ひょっとしたらその時かもしれませんね。

仲佐:えーっ!井上さんがボーカルスクール?それは驚きです。

井上:若林さんも僕と同じで多趣味な人間ですね。彼は旧毎日新聞京都支局を自らの手で改装して事務所としています。最近は習字をやったり、事務所の面積を減らして骨董屋もやっている。この組み合わせを見ると、白井晟一(*2)に憧れているんだなと思いますね。

*1 若林広幸:
(株)若林広幸建築研究所代表。1949年京都市生まれ。1967年 (株)たち吉入社。その後、京都デザインに移り、食器ブランド「Adam & Eve」の商品開発と企画デザインに携わる。1972年に独立、インテリアの設計事務所を自営。その間に我流で建築設計を修得。1982年 (株)若林広幸建築研究所設立。

*2 白井晟一:
1905年京都生まれ。本名 白井成一。1928年、京都高等工芸学校(現・京都工芸繊維大学)図案科卒業。美学者の深田康算に薦められ同年ドイツ・ハイデルベルク大学へ留学、哲学を学ぶ。義兄で画家の近藤浩一路の渡仏を契機に、パリの知識人とも交流を深める。1932年に帰国以降、建築の道に入る。装丁家、書家としても優れた作品を多く遺している。1983年78歳で逝去。

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02. 家屋と骨董の関係

仲佐:骨董で思い出したのですが、京都で撮影をしている時に、とある方のお宅におじゃまする機会があったのです。長い廊下を抜けてその突きあたりに立派な器が置いてあったんです。魯山人か?いわゆる骨董屋で高値で取引されている重厚感のあるものです。じっと眺めていたら家の奥から「持って帰りますか?」 って。この家屋には多くの骨董品が眠っているのでは? と思わずにはいられませんでした。

井上:このような骨董品を置くには、家のしつらえも立派である必要がありますね。

仲佐:そうなんですよね。仕事のお付き合いのあるかたで、長谷川等伯の家系にあたるかたがいらっしゃいまして、そのかたのお父様が現在絵師をしているのですが、そのかたから桜を描いた短冊のようなものをいただいたことがあるのです。家に持ち帰ってきたんですが、正直、現代的な家屋ではしつらえが違いますし、飾る場所がないんですよね。祇園にある立派な家屋なら別なのでしょうが。

井上:そういえば若林邸は立派ですよ。骨董と家屋のバランスが絶妙です。ただ、その分本人の暮らしを犠牲にしているのではないかと察します。現代建築は朽ちるという経時現象に対してむごいですね。それに対して昔からの建築--例えば南禅寺の大門は真っ黒ですが、凛々しささえも感じる。寿命が違うなと思います。

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03. なぜ大阪時代がないのか?

仲佐:そのような意味では、関西圏は、日本の中でも歴史と良い深みがたくさんある地域ですね。

井上:確かにそうなのですが、私は大阪という枠組みは歴史的に冷遇されているような気がしてならないのです。たとえば時代の名前。「弥生時代」ってありますよね。あの名称は学者が「弥生町」にある貝塚で土器を発掘したから、そのように名付けられたのですよね。けれど、日本で一番立派な前方後円墳は河内・南大阪にあるのに、その古墳の時代のことを、大阪時代とか河内時代とか名づけてもいいような気もするのですが…。それから、「安土桃山時代」という時代もありますよね。安土は織田信長の居城していた安土城です。桃山は豊臣秀吉が居城していた伏見城です。ただ、秀吉の居城を考えると、大阪城のほうがしっくりとくる。本来は「安土大阪時代」と呼ばれるべきですが、「時の定め」で現在の名称に落ち着いています。

仲佐:なるほど……。

井上:ほかにも「ティファニーで朝食を」っていう名作がありますよね。

仲佐:オードリー・ヘップバーンが主演した映画ですね。

井上:そうです。冒頭のシーンですが、彼女が演じるホリーが友達とマンションの屋上でパーティをしているんです。そこに同じマンションに住む日本人が、「うるさい」と苦情を言いに行くんです。彼自身は流暢な英語でまくし立てるのですが、その日本語字幕スーパーは大阪弁なんですよね。あんまりだと思いませんか?

仲佐:それは随分と意図的な気が…。NHKあまちゃんの「じぇじぇじぇ」も英語だと別の訛りで表現されちゃうんですかね。

井上:そうかもしれませんね。

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04. 建築とロケーション

仲佐:それでも東西で比較すると、西の方では建築で面白い動きがある。瀬戸内海の傾斜地などに多くの素晴らしい建物が建っていますが、景観の素晴らしいところに建つ建築はその良さが倍増しますね。

井上:昔、コルビュジェのロンシャンの礼拝堂を訪れました。ものすごく田舎で、電車が1日に3本ぐらいしかなく、さらに平日と休日の時刻表を見間違えたせいで乗り継ぎがうまくいかず、 駅のベンチで寝泊りする羽目になった経緯もあるせいか、あの場と建築の関係性には余計に圧倒されました。フランク・ロイド・ライトの「落水荘」もそうですね。圧倒的にロケーションのおかげで、建築の良さがさらに引き立っています。

仲佐:東京では赤坂璃宮がまた興味深いですね。

井上:あの建物は当時の日本の「意思表示」のようなものが現れていると思うのです。例えば上海の浦東やドバイの中心地に建つポストモダンの象徴とも言える、高層ビル群。あれは中国やアラブ首長国連邦が米国のグローバリズムの軍門に下ったということを示すのでしょうか。赤坂璃宮で言えば、東京がパリに飲み込まれたということでしょうか?むしろ逆で、「ウチらだって同じものがつくれる」という意思表示--負けたくないという意思が建築に込められているのだと思います。

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05. 反日感情と現実

仲佐:井上さんは中国には行かれたりするんですか。

井上:昨年、2012年の10月に上海へ行きました。最も反日暴動が盛んなときでしたね。

仲佐:ちょうど我々もその頃上海にいました。知人のお店のレセプション・パーティーと撮影がありまして。不自由だったといえば、撮影に立ち会うデザイナーから「タクシーに乗ったら、運転手さんが僕が日本人だと分かって急に気分が悪くなったのか、途中で降ろされちゃったから、撮影にちょっと遅れます」と電話で連絡を受けたことぐらいですかね。

井上:そういえばあの時、こんなフレーズがインターネット上で駆け巡りましたね。「尖閣諸島は我々中国のもの、蒼井そら(*3)はみんなのもの」
Jリーグの柏レイソルと中国のチーム、広州恒大の試合の時に広州恒大サポーターが掲げたフレーズなのですが、興味深いですね。これは戦後に敗戦国の日本がどこかしらで、元敵国の女優であるマリリン・モンローに憧れていたっていうのと同じ構図のような気がします。性の対象というのは時代を超越したものがありますね。性つながりで少し話が飛躍しますが、テレビで女性が温泉地を紹介する番組がありますよね。女性レポーターがバスタオルで体を包んで、入浴するという。普通ならあれは怒られますよね。画面に映せないものを不自然な形で映すのであれば、オッサンでも出したほうが自然なんじゃないかと思います。

仲佐:あれで瞬間視聴率が何パーセントって稼げちゃうんでしょうね。なんか、笑っちゃいますね。

*3 蒼井そら:
1983年東京生まれ。日本のAV女優、タレント。近年では中国で人気上昇し、“中国版ツイッター”こと「新浪微博(ウェイボー)」では、フォロワー数が1400万人を突破。

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06. プロの職種になるために

井上:ところで、仲佐さんはもともとカメラマンを目指していたんですか?

仲佐:実は美大を目指していたんですよ。高校の頃は受験のためデッサンなどを懸命にやっていました。結局はカメラマンになりましたけど。

井上:そうでしたか。世に存在するプロフェッショナルの職種、たとえば建築家になろうとするなら、建築学部を目指して高校生ぐらいから準備を始めますよね。しかしプロ野球選手を目指そうとするなら少年野球から始めたり、ピアニストやバイオリニストも幼少期から英才教育を施すじゃないですか。家の経済力もあるのでしょうけど、野球選手もピアニストもプロとしてモノになるには大変なレッスン時間が必要だし、さらには大変な競争率を勝ち抜かなければならない。物心ついてから「建築家になる」「カメラマンになる」というのと比較すると、次元が違いますね。

仲佐:たまに、真面目な顔をして「カメラマンになるにはどうすればいいんですか?」って聞いてくる若い人がいるんです。しかも目を輝かせて! その答えはいつもこうなんです。「まずは自分の名刺作ってみて。それで、肩書きに『カメラマン』って書いて配れば、すぐにカメラマンになれるよ」って。(笑) スタート地点というか、間口は広いのでしょうが、その後の話が肝心なんでしょうね。

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  • 協力:祗をん八咫
  • 文:柳澤大樹
  • 取材・編集:大原信子