仲佐:僕が建築写真にだんだんはまっていった頃、完全にハマる切っ掛けになったインパクトは日建設計のインテリア部にいらした向井さんのひと言だったんですよ。当時、三井物産の本社だったかな……、僕はメーカー側にもぐりこんで何とか撮影に漕ぎ着けたんですが、その写真を見て向かいさんがひと言、「アルサロ風だね」と(笑)。アルバイトサロン、つまり今でいうところのキャバクラですかね。そんな感じだとおっしゃったんです。水銀灯の青っぽさがクリアされてない映像だ、もっと勉強しろと。それは燃えましたねぇ。どうすればそうならないんだ???っていう試行錯誤がその後しばらく続いて。とにかく照明の色温度に合ったコントロールで撮影していくというのが相当の心がけになりました。
林:なるほど。そんなことがありましたか。向井さん、あの人は何を頼んでもこなしちゃうベテランでしたねぇ。
仲佐:僕の印象ではいま日建設計が政治的に強くなっていて圧倒しているように思うのですが。
林:いやぁ、そんなことはないですよ。
仲佐:大阪行っても名古屋行っても日建設計だらけですよ、現状は(笑)
林:まあ……多少そうかもしれませんね(笑)
仲佐:僕は若手の世代では山梨知彦さんの仕事、すごく好きですね。あの世代では桑原聡さんと彦根明さんも注目していてます。日建設計では山梨さんだなぁ。
林:あぁ、彼はなかなか素敵な男ですよ。彼は建築村の戸籍をもってないんじゃないかな。だからちょっとスッキリしてるんでしょう。
仲佐:いわゆるスクールを感じさせない。

林先生、お気に入りのグラスでお気に入りの『富士ミネラルウォーター』を。「いいでしょ、このグラス。これでコーヒーもスープも飲みますよ。ホットワインもね。ま、みそ汁だけは会いませんね」 |
林:そうそう。そういう感じですね。
仲佐:山梨くんが意匠を手がけた桐朋オーケストラ・アカデミー(中部建築賞受賞)、あれはよかったですね。緑が豊かな土地だともっと映えたと思うけど。
林:そういう所で仕事ができるチャンスがあったらいいけれど、なかなかないですね。
仲佐:でも先生はそういう環境でポーラ美術館を。最後にいい仕事をされましたね。
林:ポーラの美術館なんて、あれは正面突破で10年かかっちゃったんだから。まぁ、できたことはできたけど。もう私は息が切れちゃったんです(笑)。もうこりゃあ私が生きてる間に完成しないんじゃないかと思って、策をとらなければと。それは幸い、個人事務所じゃないから後継者を決めればいいわけですから。会社組織というのはいいもんだと思います。
仲佐:でもポーラの社長としては林昌二に託した、という想いがあるわけで実際は難しいところだったんでしょうね。
林:そうですね。それを大事にしなくちゃいけない。でも結局オーナーも竣工直前に亡くなられた。まことにあの仕事は色々と運命的でしたね……。
仲佐:その後はご子息が社長になられたんですよね。
林:そうです。またとても面白い方でね。ホンダのデザイナーをしていた方で、NSXの設計にも関わっていたとか。
仲佐:あっ!そういえば、先生のNSXはどうされたんですか?今日、ガレージにありませんね。
林:あげちゃった(笑)。ポーラ美術館も計画から10年かかって、うちのNSXもちょうど10年目だったりしてね。
仲佐:あげちゃったんですか! いやぁ〜そうでしたかぁ……。僕の先生の印象で強く残っているのが、雅子夫人と青山の紀伊国屋にNSXでいらしていたシーンなんですよ(笑)。「わ、こういう乗り方するんだぁ!」と思ったのを覚えています。
林:そんなことがありましたか。まぁ、ああいうところに行く車じゃあないですよね(笑)
仲佐:奥様とご一緒の時にお見受けしたのはそれが初めてでしたから。そのとき、先生すごくご機嫌でしたよ(笑)
林:あははっ、そうですか(笑)。もう7、8年前ですねぇ。
仲佐:お仕事の話に戻りますけど。先生のポーラ美術館のお仕事で考えさせられるのが、なんというか、“引き際”の見極めという部分ですね。プロとして、最後までやり続けるのが果たしていいかっていうのは、本人の見極めですよね。
林:そうね。相当なお歳になって大きな仕事をなさって「先生さすが、生涯現役ですね」と言われていい気になってるってのが、私はちょっと、ね。いい年してなんなんだと思いますね。わりとそういう人が多いですね。何でしょうねぇ、感覚がぼけてくるんですかね。

「せっかく皆さんがいらしたんだからワインでも開けましょうか」 |
仲佐:異論が起きても「俺を誰だと思ってるんだ」っていう発想があるから強引にやり切っちゃいますよね。それはエゴイズム。やりたいことを形にするってのはいい、でも本来建築の仕事というのはクライアントがいて、そのニーズを汲み上げるもの。
林:それで魅力的なものができれば本物だけど、そんなの見たことないですよ。やっぱり職業性ってのは、人に頼まれてその人のためにやるからいいんであってね。自分で好きなようにやっていたらそれはもうド素人ですよ。
仲佐:余談になりますが、私と30年近く一緒に仕事をしている中道が、初めて上京してきたときの印象で、「山手線で一周すると、五反田のポーラの建物が白く美しく東京を感じた」ということを言ってます。本当にご縁を感じます。
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